保護者・指導者に考えて欲しい事。

皆さんは、こんな経験をした事はないでしょうか?「請われて子どもの宿題を手伝ったのに、なぜか不満そうな顔をしている」「親切で手伝ったのに嫌な顔された」「せっかく勇気を出して相談したのに、邪険な対応をされた」などなど。これらは、支援者(支援をする側)、あるいは被支援者(支援を受ける側)との関係の中で、陥りやすい罠に陥ってしまったが故に起きる失敗なのです。
ともに生きること、働くこと、仲間と何かを成し遂げることは、支え合うということに密接に関係しています。周りの人間をサポート・指導(コーチ)する時、人に教えるのが上手い人とそうでない人がいたりする一方で、逆にこれらを人に請うことや教わることが上手で、それを自分に生かせる人とそうでない人がいます。そういった違いで考えようとすると、あまりにも日常的で無意識なことであり、その境界は不明瞭なものとなってしまいます。しかし、この様に誰かをサポートしたり、指導したりする行為は、親子・友人関係・夫婦・恋人・チーム・学校や会社職場での様々な関係の中に存在しているものです。
そこで、この連載では「協力関係」(=支援)をテーマとして、その「支援」がうまく機能するために、「支援者と被支援者の関係性と問題点」、「関係性の中で生じる支援関係の困難さ」、「チーム・ワークを構築するには?」といった点について考察を行なっていきます
まず今回は「他者を支援するとはどういうことなのか?」と言う事を、エドガー=シャインの著書『人を助けるとはどういうことか』(2009英治出版)の中にある思考実験(P6)を通じて考えてみましょう。


思考実験①
「○○にはどのように行けばいいのですか」と、自分になじみの場所で、見知らぬ人に尋ねられたとき。あなたならどう答えますか?
思考実験②
「一緒に行くパーティーだけど、どの服を着ていけばいいかしら」と、親しい人(たとえば、娘か、配偶者か恋人)に聞かれたとき。あなたならどう答えますか?


思考実験①では、【尋ねられた場所(=○○)】への道のりを説明してはいないでしょうか?このように尋ねられた場合は、その人がどこを目指しているのか【目的地】を先に聞かなければなりません。それは、【尋ねられた場所(=○○ )】が【目的地】とは限らないからです。例えば、「静岡駅はどこですか?」と尋ねられた場合、道に迷っている人が、実際に目指しているのは静岡駅近くの商業ビルかもしれません。その場合、駅までの道のりを教えたのでは最短経路にならないこともあります。
次に思考実験②の場合は、「どの服を着ていけばいい」という言葉の中に、「そろそろ新しいドレスが欲しい」などの意味が込められている場合があります。これに対して、額面通りに内容面で解答をしてしまうと、冒頭で述べた支援者と被支援者の関係性の中にある罠に落ちることになります。
支援を行う場合、私たちは被支援者について知らないことが多くあります。思考実験①のように、見ず知らずの他人であれば尚更であり、内容面においていきなり回答することは、相手に役立っていない、独りよがりの支援となる可能性が大いにあります。思考実験② は① と比較すると、より緊密な関係にはありますが、被支援者が何を求めているのかを把握しないまま回答をした時、同じく独りよがりの支援に陥ります。
この思考実験からも支援の関係性において重要なことは、被支援者が何を求めているのか知り、または共にその過程を考えることが重要になるということです。
以降の連載では、どのように支援者と被支援者の関係の形成を通じて、意味のある支援を行うことができるのかということを論じていきます。

文・田中潤
静岡聖光学院中学校・高等学校
校長補佐 経営企画室長

 


<プロフィール>
田中 潤。東京都私立広尾学園中学校高等学校では教科部長・教務統括部長を歴任し、その後当時経営難だった元戸板中学校・戸板女子高等学校の大改革に従事し、共学化に伴い改称した東京都私立三田国際学園中学校・高等学校で若くして教頭と学習進路指導部長を務めた。2021年4月より、静岡聖光学院中学校・高等学校への赴任し、高い偏差値の大学をひたすら目指す「富士山型」ではなく、生徒それぞれが明確な目的を持って、「この大学の研究室で学びたい」と思うような「八ヶ岳型」の進路指導を心がけている。

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