保護者・指導者に考えて欲しい事。

本当の協力関係性を築くためのプロセス

皆さんがホテルや旅館などに宿泊をした際、宿泊施設の従業員に一定のサービス(礼儀や機能)を求めることがあると思います。もちろんそれは「お金を支払っているのだから」「従業員なのだから」という考えに基づくものです。従業員は客の要望に対して、何かしらのサービスを提供し、その人がどんな性別であれ、年齢であれ一定の「道具的な応答」を期待します。
このようなことは、スポーツのチームや組織の中でも起こります。競技の中での役割やポジションにおいて、そこで求められる立場や役割によって「道具的に振る舞う」ことが要求されます。このような関係は全く特別なものではありません。こうした関係をユダヤ人哲学者のマルティン・ブーバーは著作『我と汝・対話』の中において「私とそれ」の関係と分類をしました。向き合う対象を自分の道具のようにとらえる関係性です。

ブーバーは、一方で「私とあなた」という関係性も示しています。これは「相手が私であったかもしれない」と思える関係性です。例えば、優れた結果を残しているチームなどは、それぞれの役割やポジションなど公式的な関係を超えて、一つのまとまりに見えることがあります。これは個々の違い(一人一人が持っている物語=ナラティブ)を乗り越えて、「私とあなた」の関係性へ移行していることを示します。
本当の協力関係を築くためには、支援者と非支援者の関係性が「私とそれ」の関係性から、「私とあなた」の関係性へ移行することが重要になります。これは自分の中に他者を見出すことであり、他者の中に自分を見出すことでもあります。では、この関係性の移行にはどのようなプロセスが必要なのでしょうか。

 

前回の記事では「協力」などに見られる支援の関係で、支援者と非支援者の間には溝が存在していること、またこの溝を超えることで本当の意味での協力関係(支援関係)が構築されることに言及しました。この溝は支援者・非支援者が持っている知識や技術の有無、それぞれが置かれている状況や事情から作り出されたもので、ここから「私とあなた」の関係を作っていきます。この溝を越えるための第一歩は、支援者・非支援者を取り巻く状況の中に存在する「無知」に気づくことです。
これは、支援者が支援を行う「準備」「観察」にあたり、まず支援を実施する前に自分から見える景色を疑うところから始めます。言い換えると、支援者は今まで培ってきた経験、価値観、専門性や、持ちえる技術(ナラティブ)から判断をした場合、冷静に状況を判断することができなくなります。そこでまず、自分のナラティブは脇に置き、その上で非支援者が置かれている状況や事情、周辺との人間関係を観察していくのです。
非支援者が置かれている状況を観察する際には、ピーター・センゲが提唱する氷山モデルを元に考察すると良いかもしれません。このモデルは、海面に出ている目視できる部分を我々は氷山として認識しますが、実は海中に沈んでいる部分の方が大半であり、人間の行動も目に見えたり、感じたりできる部分はほんの一部分で、大半は見えない部分によって支えられているというものです。
次回は、協力関係を築くプロセスの内、ロナルド・A・ハイフェッツの著作『最前線のリーダーシップ』などを参考にしながら、「解釈」と「介入」について、考察したいと思います。

文・田中潤
静岡聖光学院中学校・高等学校
校長補佐 経営企画室長

 


<プロフィール>
田中 潤。東京都私立広尾学園中学校高等学校では教科部長・教務統括部長を歴任し、その後当時経営難だった元戸板中学校・戸板女子高等学校の大改革に従事し、共学化に伴い改称した東京都私立三田国際学園中学校・高等学校で若くして教頭と学習進路指導部長を務めた。2021年4月より、静岡聖光学院中学校・高等学校への赴任し、高い偏差値の大学をひたすら目指す「富士山型」ではなく、生徒それぞれが明確な目的を持って、「この大学の研究室で学びたい」と思うような「八ヶ岳型」の進路指導を心がけている。

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