支援者と被支援者の関係とその問題点。

「ねぇ、上手なリフティングの方法を教えて」と自分の子どもや友人から言われた場合、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。本当のところは、リフティングの方法を尋ねたい訳ではなく、もっと複雑な個人的な悩みを相談したかったのかもしれません。ですが、相談者に対してどのように時間を取れば良いのか分からなかった可能性もあります。このように支援者と被支援者の関係性には、目に見えなく曖昧な関係性やバイアス、役割が存在をしています。今回はこうした支援者と被支援者の関係性を明確にしながら、関係性の中で起こる問題について考えてみたいと思います。

一般的に信頼関係がある人間関係や、チームワークが良いとされる組織では、支援者と被支援者の関係はそれぞれが役割を意識しないまま遂行されています。支援に対して被支援者は礼を言ったり、感謝を他の形で示したり、支援を行うものと支援を受けるもの者の役割は意識されないまま入れ替わったりしています。一方、人間関係がうまくいかないことや、チームワークなどが機能しない組織では、支援が行われる現場において支援者と被支援者のバランスが不均衡なまま維持されていることが多くあります。ですので、成功する支援関係を形成するためには、支援者がこの不均衡さを意識し、支援者が役割を明確に選択することが重要になります。

この支援者と被支援者間における不均衡の分かりやすい例として、支援者の立場( 権威など)が「一段高い状態( ワン= アップ)」し、被支援者の立場が「一段低い状態( ワン= ダウン)」が挙げられます。例えば、道で転んだ場合に、手を差し伸べてくれた他者に対して取られる返答は「ありがとうございます。大丈夫です」と返答をする人が大半だと思います。人は他者に依存する一段低い立場( ワン= ダウン)になることを認めたがらない傾向にあります。一方で、手を差し伸べる側( 支援者)はたちまちこの関係の中で地位や権力を手に入れます( ワン= アップ)。要するにどんな支援の関係においても対等な関係は存在しなく、支援関係がうまくいかない1つの要因となります。

また、支援関係がうまく成立しないもう一つの理由として、「ナラティブ(narrative)の 溝」があります。「ナラティブ」とは物語を表す言葉ですが、医療や臨床心理の分野では「ナラティブ・アプローチ」という実践があり、その場合は物語を生み出す「解釈の枠組み」という意味になります。言い換えるとその人( 支援者や被支援者)が置かれている環境における「一般常識」のようなものです。支援者側のナラティブと被支援者側のナラティブは一様に一致する訳ではなく、むしろ相違しているところから支援が開始されていきます。医師と患者に置き換えた場合、医師のナラティブは人命を預かった上で診断や治療をする一方、患者はさまざまな背景を抱えて治療に臨むことになります。その中で、医師はただ患者を診察・治療すれば良い訳ではなく、患者の背景(それまでの物語)を知った上で診察・治療方法などを選択しなければなりません。

以上から、支援関係を不均衡なものとして、さらに支援者と被支援者の間には溝が存在をしているという前提に立って支援者と被支援者の関係を作ることが必要となります。その場合は、支援者は自身のナラティブを一度脇において、被支援者を観察することが重要になり、次に扱うテーマは観察に基づく支援のプロセスについて言及をしていきたいと思います。

文・田中潤
静岡聖光学院中学校・高等学校
校長補佐 経営企画室長

 


<プロフィール>
田中 潤。東京都私立広尾学園中学校高等学校では教科部長・教務統括部長を歴任し、その後当時経営難だった元戸板中学校・戸板女子高等学校の大改革に従事し、共学化に伴い改称した東京都私立三田国際学園中学校・高等学校で若くして教頭と学習進路指導部長を務めた。2021年4月より、静岡聖光学院中学校・高等学校への赴任し、高い偏差値の大学をひたすら目指す「富士山型」ではなく、生徒それぞれが明確な目的を持って、「この大学の研究室で学びたい」と思うような「八ヶ岳型」の進路指導を心がけている。

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