第三回 やさしくなると、プレイが変わる。~「伝える」と「伝わる」の違い~
「ラグビーは社会性が高い」とよく言われますが、その理由をご存知ですか?
それは、楕円形のボールと「前で待てない」ルールにあります。
ラグビーはボールを前に投げてはいけないスポーツです。前でボールを待っている仲間が「ヘイヘイ」と呼んだり、アイコンタクトでパスを出せません。スイカ割りをやっているようなイメージで、後ろを向いている人に「こっちこっち」と声を掛けながら、ボールを繋いでいきます。しかもボールは楕円形で、転がったらどこに行くかわからない。丸いボールなら届くパスも、ラグビーでは成立しない。だから、ノーバウンドで正確な、仲間にしっかりと伝わるパスが要求されます。その距離感、角度、高さを掘り下げて、どんな言葉で、どんな伝え方をすれば相手に伝わるか。スポーツではコミュニケーションが大事と言われますが、特に言語系情報伝達の比重が圧倒的に高いのがラグビーなんです。
では、どうすれば相手に伝わるか。例えば、「なんでパスしねえんだよ」という声掛け。展開上は正しいことを言っているとしても、それではパスはもらえません。どんなに正しくても、やりたくなる言い方でないと伝わったことにはならないからです。それでは、パスをもらう為の話し方を考えてみましょう。ニッコリと話しかければいいのか、もしかしたら体に触れながら話した方がいいかもしれない。遠目から「何やってんだよ」って言われると恐いけど、近くに来て笑顔で「今の俺、どうすれば良かった?今のパス遠かった?声掛けるの遅すぎた?」。それだけで随分変わります。ラグビーっ て恐いイメージがあるかもしれませんが、 意外とこんな風にコミュニケーションしていて、それが選手たちの協調性や社会性につながっているのです。
私たちBring Up Rugby Academyの一番の願いは、「子どもたちにやさしくなって欲しい」ことです。だから、プレー中でも話し合いの中でも、「やさしくなーい」「やさしさが足りなーい」とよく言います。相手が取りやすい所やタイミング、取れる質のボール、声の掛け方。やさしさがないと終わるプレイも、どうすれば「伝わるか」、相手のことを考えることでパスがつながっていきます。「今のタイミングだと分からないから、早めに声掛けて」といったやさしい声掛けでパスの精度は格段に変わります。「なんでそこにいないんだよ!」と上手い人だけが発言力があるチームはダメ。それはサッカーでもバスケでも同じです。プレイの精度を高めるには、コミュニケーションの精度を高めることが必要で、私はパスする相手が幼稚園児であれば、手渡しでボールを渡します。それがコミュニケーションであり、パスの質ということです。
最近は通信手段も随分進歩して、メールやラインで簡単に情報交換できるようになりました。しかし、便利になったことで弊害も出ています。例えば仕事で、「昨日メールしたよね?」って言われて、夜中の2時に送られた内容を聞かれて困ることがあります。「さすがにそれは、伝わってないし、やさしさが足りないのでは?」と。また、いつでも連絡できることで、顔を合わせている時の会話を大事にしなくなっている傾向もあります。単なる「伝える」ではなく、相手に「伝わる」コミュニケーションを考えるような子どもたちが増えたら、きっといい世の中になると思います。ラグビーという高いコミュニケーションの質が求められるスポーツを通じて、同じグラウンド、一緒の時間を過ごす中で、とにかくやさしい気持ちを持って、やさしく相手に伝わる話し方ができるようになって欲しい。子どもたちが少しでもやさしくなって、その輪がスポーツ全体、社会全体に広がっていけば、別にラグビーをやらなくてもいいとも思っています。
次回は大きな怪我をしないために 〜限界値と調整力〜をお送りします。
<プロフィール>
小野澤 宏時(おのざわ ひろとき) 静岡県島田市金谷町出身。1978年生まれ。元ラグビー日本代表。静岡聖光学院中等部、高等部、中央大学を経て、トップリーグではサントリーサンゴリアス、キヤノンイーグルスに所属。日本代表キャップ数(出場回数)81は歴代2位。名ウィングとして「うなぎステップ」を武器に代表戦55トライ。現役時代から教育に興味があり教員免許を取得後、筑波大学大学院へ進学、その後日本体育大学の修士課程から博士課程に進み、教育、指導に関する研究に携わる。2018年よりBring Up Rugby Academyコーチ。2019年より、静岡初の女子7人制ラグビーチーム「アザレア・セブン」監督。他、大学講師など多方面で活躍中。
<問い合わせ>
Bring Up Rugby Academy
ブリングアップ ラグビーアカデミー静岡校
詳しくはこちらまで!:https://www.bu-as.com/shizuoka-school